男三人トロント旅行ブログ!!#1日目

11月1日にナイアガラ、2日にトロントへ旅行に行ってきましたので記録していきたいと思います。今回は1日目のナイアガラ。

オタワのBayshoreを夜中の0時30分に出発し、朝5時にトロントで乗り換え、ナイアガラに到着したのは朝9時でした。

朝9時のナイアガラの図

ひんやりとした空気、滝の音、人気のない道が相まって清々しく、深呼吸するだけでオタワの空気と全く違うのがよく分かりました。午前中はナイアガラ周辺を探索し、12時から念願のクルーズへ。

船から間近で見た滝の図

滝の飛沫が襲い掛かりもはや豪雨のようになった船上で、スマホが落ちないように命がけで撮った写真です。お納めください。

感想ですが、今まで人生で体験してきたあらゆる自然系アクティビティの中で断トツでした。雄大な自然を全身で感じることができ、どこか遠い世界のものだと思っていたナイアガラの滝が目の前にあるという事実に武者震いが止まりませんでした。海外留学という夢が現実になっていることを実感し、どこか解き放たれたような気分になりました。

クルーズの後はお土産ショップに行きました。趣味であるTシャツ集めを達成し、ついでにマグネットも買ったところでジップラインに。

ナイアガラの滝を見下ろしながらジップラインで滑り落ちるのはとても気持ち良かったです。終わった後に動画や写真を見せてくれて、てっきり無料でくれるもんかと、(中々気が利くな)と思っていたら追加料金を取られるというので断りました。しかも全部合わせて5000円くらい。日本では見たことのない手法だったので困惑しました。

お腹が減ったところでランチへ。

Kelseys Original Roadhouse

なんとこれで2000カロリーほどありました。どわーw

ただバーガーは言わずもがなビールがもの凄く旨く、カロリーに見合った体験ができました。ちなみに私は21歳なのでご心配なく。

Skylon Towerは早めだとお得にディナーが食べられるため、そのあとなんやかんや歩き回って17時にディナーへ。チップも合わせておよそ100ドル程で、非常に美味しいディナーを頂いた。

100ドルでこの景色と料理を楽しめるのは結構おすすめです。食後はもう一つ上のフロアで夜景やライトアップされたナイアガラの滝を眺めることもできるので楽しめると思います。

向こう岸はアメリ

その後は、移動とアクティビティでくたくたになった体を休めるためにホテルへ直行しました。ホテルではドジャースvsブルージェイズの試合を見ていました。もちろんブルージェイズを応援していましたが、憎き山本由伸によって打倒されてしまいましたとさ。

以上で1日目のナイアガラ編は終わりです。次の投稿ではトロント編について書くのでお楽しみに。

なぜ日本人は英語が話せないのか

こんにちは、Sumです。

前回の記事は読んでいただけたでしょうか。正直読まなくてもいいので、読んでいない方はそのままで結構です。(笑)

さて、今回から本格的に自分の考えを発信していこうと思います。記念すべき第1回の議題は、

なぜ日本人は英語が話せないのか?

です。昨今SNSなどでよく目にするこの論争ですが、極端に言えば私の考えはこうです。

日本人は英語を話せる!

なにを言っているのか分からない方も多いと思います。あくまで私個人の意見なので、鵜呑みにしないように。

本ブログでは、私がこう考える根拠について語ります。

 

なぜ日本人は英語が話せないと考えられているのか

「日本人は英語を話せない」という固定観念の裏には、そもそも日本という国が単一民族国家であることが影響しているのではないか、と私は考えます。日本語さえ話せれば生きていけるし、コミュニケーションで困ることもない。移民も少ないし(今のところは)、たいていの標識やレストランのメニューは必ず日本語で書かれています。当たり前ですが、これこそが「日常生活で英語を話す必要がない」ことを裏付けています。そして当然、英語を話す必要が無ければわざわざ話さない。結論を言えば、日本人は「話ない」のではなく「話ない」のです。

ここからは私の実体験をもとに、根拠を書いていきます

 

あれ、意外と普通、、?

日本人の英語と言えば、そのアクセントですよね。「侍アクセント」と呼ばれる日本人特有のアクセントは、細かく言えば日本語の発音によるものです。有名なのはLRの使い分けです。

そして多くの日本人は、このアクセントによって英語を話すことを躊躇ってしまうことが多いようです。そしてたいていの場合、恥ずかしさ誰かに指摘されるのではないかという恐怖からくるものであり、完璧主義、あるいは単なる羞恥心からでしょうか、理由は人それぞれです。そしてかくいう私も、英語を話すことには強い抵抗感を持っていました。

しかし一度海外に行ってみると分かります。当たり前ですが、アクセントは英語を第二言語とする人ほぼ全てが持っているのです。

私が通っているオタワ大学付属の語学学校のESL(English as a Second Language)には様々な国から生徒が集います。日本、中国、韓国、インドネシアコスタリカ、ペルー、トルコ...etc。それぞれの生徒がそれぞれのアクセントを以て英語を話し、お互いに尊重しています。これはクラスの中だけではなく、町のいたるところで起きている現象です。そして彼らは「完璧な英語」でなくとも、互いにコミュニケーションをとっています。それで十分なんです。

そして元も子もないことを言えば、結局英語なんていうのはほとんどの人にとって単なるコミュニケーションツールでしかないので、伝わってさえいれば完璧な文法など必要ないのです。そして日本の義務教育の範疇の単語と文法を話していれば、日本人の英語は「話せる」レベルに達しているといっても過言ではないです。

私が衝撃を受けた考え方があります。

アクセントは自分のルーツや個性として誇るべきものである

という考え方です。私を含め多くの日本人は、一度海外に出ると日本のことが大好きになる傾向があります(もちろん例外はあります)。統計はないですが、取るまでもないと思います。(笑)

「嘘つけ!」と思う人は一度海外のどこかに住んでみてください。多分最初の3日間くらいで痛感します。

話を戻すと、みんなそれぞれアクセントを持っていて、それは尊重されるべきなんです。グローバル化が進むにつれ英語話者は増えると思いますが、きっと将来は様々な形の英語であふれていることでしょう。もちろん発音に関しては最低限の練習が必要ですが。

話すことから始める

英語に対する苦手意識や抵抗感を払拭し英語を「話す」ためには、2つの道があると思います。

一つ目はとにかく楽しむこと。自分が好きなことを英語で楽しんでみることは、苦手意識を払拭するにはもってこいです。音楽や映画、ドラマ、Youtube、インスタのリールなどなど。

二つ目は英語を日常にすること。これは主に留学やワーホリが当てはまると思います。私がまさにこれでしたが、今まで英語を喋ったことがなくても「喋らないといけない状況」に陥れば割と話せます。表現を調べたり、ジェスチャーを使ったりしながらでも十分「話せている」と思います。伝わっているのなら。

まとめ

なにが言いたいかというと、「英語」にあまり神経質にならないでください。完璧に喋ろうとするから、恐れ、恥ずかしくなるんです。多くの人はアジア人の口から流暢な英語が飛び出してくるのを期待していないので、とにかく伝えることにフォーカスしていきましょう。

今回は以上になります。ぐちゃぐちゃな文章でフラストレーションが溜まったかもしれませんが、最後まで読んでいただきありがとうございました。あくまで現段階での考えなので、また考え方に変化があったらシェアしようと思います。それでは。

 

 

オタワ留学生、ブログ始動。

皆さんはじめまして。現在オタワに留学中のSumです。

本記事は誰かに読んでもらうためでもあり、自分で読み返すためのものでもあります。3ヶ月という短い期間の中で感じたこと、考えたことを忘れないようにブログに書いていけたらと思います。今回は自己紹介も兼ねて、私のこれまでの人生について簡単に紹介しますので、稚拙な文章ですが最後まで読んでいただけると幸いです。

 

1.幼少期

2.青年期

3.現在、なぜ留学を決めたのか

 

1.幼少期

私の人生は新潟から始まりました。子供っぽい父と優しく愉快な母の下で4人兄弟の3男として生まれた私は、愛情をたっぷり注がれながらも我儘を言わないおとなしい子だったそうです。2歳の頃、父の転勤でタイに移住し2年間をタイで過ごしました。日本人学校に通っていたのでタイ語は全く身に付きませんでした。(笑)

これ以降、海外経験は全くありません。

日本に帰ってからは健やかに育ちました。田舎だったのでとても小さな小学校で、三年生から地元の野球チームに入り、足が速かったので運動会などでは活躍した覚えがあります。勉強はそこそこでしたが、母が入れてくれた公文のおかげで国語と英語は得意でした。今思えば、この公文が英語への興味を持つきっかけとなったのかもしれません。

2.青年期

勉強は得意ではありませんでしたが、英語だけはできたので公立高校の国際学科に入学しました。選んだ決め手は二年次のオーストラリア研修でしたが、コロナウイルスの影響で行くことはできず、結局英語がちょっと得意な程度で卒業することになりました。大学もやはり国際学科のある地元の公立大学に進学し、そこから二年間は留学のことを考えながらもだらだら遊びながら過ごしました。この頃は「留学」と聞いてもあまりピンと来ず、中国語を学ぶために中国に行こうかとすら考えていました。本格的に考え出したのは大学二年の夏あたりで、このころからやっと留学を視野に入れてGPAなども意識しだしました。だらだら過ごしていたといっても根は真面目なのでそこそこのGPAは維持していたので、過去の自分に感謝ですね。

3.現在、なぜ留学を決めたのか

さて、ここからが本題なので少し詳しく書かせてもらいますね。詳しい流れとしては

①2月頃に大学に留学申請書類を提出、申請が通る。

②2月~5月 英語の勉強をしつつ留学の手続きを進める

③6月~8月 ホームステイやeTAなどの手続きを進める

④9月 出国

といった流れです。だいぶざっくりしていますが、ほぼ記憶から抜け落ちているので勘弁です。留学を決めるまでも色々あったのですが、長くなりそうなので割愛します。いつかブログにあげられたらと思います。

なぜ留学先にオタワを選んだのか、日本の友達にもオタワの人々にもよく聞かれますが理由は簡単、安いからです。

英語圏で留学することを夢見ていたので必然的に選択肢は絞られているのですが、アメリカは学費や生活費が高く、4人兄弟で弟もいる身としてはとても選べませんでした。その結果カナダになり、大学のプログラムに載っていたオタワ大学をなんとなく選んだだけです。(笑)大した理由がなくてごめんなさい。留学期間も3ヶ月だけと非常に短いですが、両親に負担をかけたくなかったので最大限の譲歩としての結果でした。

ただ、今となっては良い選択だったと思っています。日本人が少なく、バイリンガル都市で、首都なので治安もよく移民も多い。大学で多文化共生や第二言語習得を学んでいた身としてはもってこいの留学先です。また3ヶ月という短い期間も、日常会話や文化体験には十分だと個人的には思いました。また戻って来ようというモチベーションにも繋がりますし。

より英語を上達させたい人や、海外で何かを成し遂げたいという人は最低でも一年間いたほうがいいと思います。

最後に

最後まで読んでくださりありがとうございました。ブログを書くのが初めてということもあり読みにくい部分もあったと思いますが、これからの成長にご期待ください。次回から実際にオタワに来て考えたこと、経験したことを書いていこうと思います。